飛島漁港

【概要】
所在地:酒田市飛島
種別:第4種漁港(管理者:山形県)
漁港指定:昭和26年7月10日
係漁協:山形県漁業協同組合飛島支所

【沿革

 飛島は酒田港から北西39kmの日本海に浮かぶ面積2.5平方km、周囲12km、海抜50mの平坦な台地状の小島で、山形県唯一の離島である。人口316人、世帯数144世帯(H12年国勢調査)で、住民の多くは漁業を営んでいる。島内には勝浦、中村、法木の3集落があり、それぞれに漁港施設が配置されている。
 漁港の整備は、昭和26年以降ほぼ継続的に施設整備を行っており、第9次漁港整備長期計画では「災害に強い漁港漁村づくり」として、防波堤や耐震岸壁の整備を行った。平成14年度からの広域漁港整備事業では、勝浦地区において港内静穏度の確保を目的とした防波堤の整備を行っている。

飛島よもやま話

【昔の飛島】
 江戸時代、飛島の戸数は157軒、人口1,000人以内。勝浦村(枝郷小坂村寛文年頃20戸を含む)、浦村と法木村の3村で、庄内藩に対して年貢スルメ50駄(壱駄二付弐千枚宛)。勝浦19、法木19、浦(中村)12駄の割合で納め、男1人前平年で150枚程度。一戸分(田畑、屋敷割で差)70枚から400枚であった。

 田畑が少なく、漁業中心で、主として釣漁でイカ、タラ、スケトウ。さらに島周辺は磯根資源が豊富で、アワビ、サザエ、ワカメ、アラメ、イワノリ、イギス、テングサ、エゴノリ等の採貝採藻で魚類に匹敵する漁獲があった。

 しばしば、3部落間の争いが起り、「享保の境論」、「天保の鱈場争い」、「幕末から明治にかけての西鱈場問題」、さらに「対岸吹浦漁民との東鱈場争論」と明治以後も漁場争いがあった。漁業権制度史、漁業法規を研究する学界の好箇の資料として有名である。

 飛島は北前船の沖乗航路の中継港であり、酒田の補助港として年間500艘の廻船が出入りして、13軒の問屋が、澗役銭・塩役銭の徴収を行った。藩から島役人が月から月まで駐在して役銭の取立てをはじめ、郡代の支配下島の行政に当たっていた。

※(出羽の海庄内浜「漁業史よもやま話」西長秀雄氏著より)


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