女鹿漁港

【概要】
・所在地:飽海郡遊佐町大字吹浦
・種別:第1種漁港(管理者:遊佐町)
・漁港指定:昭和29年10月30日
・関係漁協:山形県漁業協同組合吹浦支所

【沿革】
 本漁港は、秋田県境に近接する本県最北の漁港で、沿岸漁業の根拠地として利用されている。
 昭和5年に地元民と吹浦村が事業主体となり、防波堤と船揚場を建設し、小型漁船の利用に供していた。その後、昭和37年度~昭和38年度及び昭和49年度~昭和50年度に整備を行い現在に至っている。

女鹿漁港よもやま話

【女鹿の金蔵父子と建網

 飽海郡旧吹浦村女鹿は秋田県境北端の部落で、あまはげの奇習で知られているが、この村内の松葉寺に菅原金蔵記念碑がある。金蔵は若年の頃北海道胆振国虻田で建網を研究し、安政2年(1855)女鹿で試み好成績をあげた。

 「近隣教エヲ請ウ者甚ダ多シ北越(新潟北部)ノ漁邑亦及ヲ期ス・・・」と碑文にある。また山形県史漁業編定置漁業の頃に、米子(鶴岡市(旧温海町))では明治13年女鹿の喜助を指導者として招き、翌年建網を操業したとある。金蔵・喜助・善蔵三代は明治初期の建網草創に功績があったことを、この碑文が物語っている。

※(出羽の海庄内浜「漁業史よもやま話」西長秀雄氏著より)


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